明石へお彼岸の墓参りに
投稿者 : rfuruya
★三木に移り住んでもう50年になり、生涯で一番長く住んだ町になったのだが、
生まれ故郷も本籍も明石市上ノ丸である。
三木と明石はこんな立地なのだが、
昨日は彼岸の墓参りにこんなルートで行き帰りした。
どちらもクルマで約40分の距離である。
明石の町はざっとこんな感じだが、
私の生地は明石公園のすぐ横だったし、右の方には卒業した明石高校が、
左の方にはずっと勤めていた川崎重工業の明石工場がある。
明石公園の中には高校時代毎日練習していた野球場もあるし
そして我が家の墓地もある。
旧明石藩主松平家の菩提寺という由緒ある長寿院には
こんなお殿様の立派なお墓もある。
お殿様の戒名はこんなに長く文字数も多いのである。
そんな由緒ある長寿院の檀家総代を伯父が務めていたこともあって、
我が家の墓はいい場所に、結構広く存在する。
柿本人丸神社や明石市の天文科学館のすぐ下で、
ちょうど子午線が通っている位置に当たるのである。
東経135度の子午線は明石も三木も通っていて、
私はそんな子午線の通る街で過ごしたことになるのだが、
いつかはこのお墓でずっと長く眠ることになる。
この長寿院には正月・春秋の彼岸とお盆の年4回お参りに来ているのだが、
明石の町は子どもの頃から育ったし、
カワサキにも勤めたので想い出いっぱいなのである。
子供の頃は細く曲がりくねった道が多く城下町の雰囲気だったのだが、
いまは高いビルが立ち並ぶ近代的な街になっているし、
それも年々立派に変わっていく。
★ずっと昔はこんな「魚ん棚」だったのだが、
いまはこんなに立派な街になっている。